誰にも頼まれていないのに伊東市の観光地を紹介する謎の小説
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伊東妖怪伝 第三章 大室山大蛇穴
「美香の遺志は私が引き継ぐっ」と百合さん。
「美香死んでないっす」
 こんな冗談も言えるくらい簡単に美香は回復した。お見舞いありがとぉ、おリンゴ食べる?と微笑む美香に私達二人はあっけにとられた。入院した当初は死人のように冷たかったのに。本気で泣いた私はなんだったのか。お医者さんも看護婦も首をひねっている。
あの事件のせいで『ぶらんぽ』は伊豆新聞ほか各紙に取り上げられ、詫び証文を破った不祥事にも関わらず赤沢課長は『ぶらんぽ』編集の継続を決定した。何か変だ。
それに、あれから伊東では群発地震が続いている。市役所地下の災害対策本部があわただしい。屋上に設置されたNHKのカメラの映像が、連日ニュースで映されている。不思議なのは、震源が大室山と門脇埼灯台付近のみで移動しないことだ。
今日はその大室山に、大蛇穴の取材に行かねばならない。
かつて大室山に大蛇が住み、辺りの村の家畜を食い荒らした。たまたま大室山に源頼家が狩りに来て村人達も手伝わされたので、この機会に村人は源頼家に相談した。頼家の家来、和田平太が退治に出かける。平太は単身洞窟に入り、見事大蛇の目を刳り貫き、頼家のもとへ持ち帰ったそうな。単に洞窟を埋めればよかったような気がするが。

今日は庁用車を百合さんが運転。大室山までぶらぶら歩いたら散歩でなく遠足になってしまう。市役所から国道135号を下って、ぐらんぱる入口で右折。芝生に覆われたずんぐりした大室山が見えてきた。ふもとのさくらの里へ。今は三千本の桜の木々に花は無く、葉が生い茂っている。
0186-thumb.jpg「春に来れば楽しいのに」と私。
「お仕事だってば」
大蛇穴の前で車を停めた。柵があり、その前に「穴の原溶岩洞穴」の看板。木々の隙間から、黒い穴が見える。
「大蛇が住んでる割には小さいのね」
「昔はもっと大きかったんでしょ」
覗き込んでいると、なぜか視界がぼけてきた。あれ?肌寒い。なんで?まずい。またあの赤い顔だ…見覚えがある…ああ、段々冷えていくよ…
はっと気が付くと、百合さんが私の眼前にお守りを掲げていた。仏現寺のものだ。何でいつも冷静に行動できるんだ、この人は。
「…用意がいいですね」
「当然でしょ。美香のこともあったし。良かったわね」
と微笑む百合さん。
「あ、あんまし良くないみたい…」
つぶやく私の目の先、穴の中に光る眼が一つ。もう片方は平太クンにやられたのか。その下でチロチロ動く長いものは舌?
「魔魅!すぐ車に乗って!」
転がるように車に乗り込むと、百合さんこんな運転も出来たんだ、と思うような猛スピードで発進した。

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伊東妖怪伝 第二章 天狗の詫び証文
伊東から中伊豆へ抜ける峠、柏峠。数百年前に天狗が住み着き、旅人や村人に悪さをした。そこで仏現寺のお坊さんが天狗の住処は峠の大きな松だろうと目星をつけ、七日七晩も経を読んだ。絶対、途中で寝ただろ。まあともかくその後、松の上の方から巻物が降ってきた。そこに書かれた文字は誰も読めなかった…はずなのに天狗の詫び証文であることは分かっている。なんでだ。とりあえず天狗の悪さは収まったそうな。
0061-thumb.jpg仏現寺は何のことはない、市役所のすぐそばだ。裏の駐車場側の門を出るとすぐ左。古風な大きな白木の門をくぐり、左へ行くと薄緑の屋根の本堂がある。近代的な市役所の建物の近くに古風なお寺があるのが不思議な感じ。
全く大した距離じゃないのに、美香と二人ちょっと歩いただけでもう汗ばんでいる。砂利を踏みしめつつ本堂の中をのぞくと誰もいない。
「こんにちはぁ。市役所の者ですがぁ。ぶらんぽの…」
「ああ、お聞きしております。どうぞお上がりください」とにこにこした年配の住職が奥から出てきた。天狗が出てこなくてよかった、とおバカなことを考えつつ中へ上がる。板敷の本堂は外よりは多少は涼しい。
 やけに若いお嬢ちゃん達だな、という顔つきをした住職は、それでも一応は座布団と茶をすすめてくれた後、詫び証文を持ってきてくれた。
「へえ」「長いねえ」
幅40センチ弱の長さ3メートル以上。何語か分からない文字が三千字ほど、ぎっしり書かれている。ところどころに丸い印。一つも同じ文字がないそうだけど。偉い学者さんに見せても読めなかった字を、私なんかが見たってどうにもならない。それでも自分なりに神妙な面持ちを作って眺めていると、隣の美香がデジカメを持ったまま何も撮らずにぶつぶつとつぶやいている。
「美香?どうしたの?」
 白い手を証文に差し伸べる美香。大きな瞳がうつろで何かに憑かれたような。
「ちょっと、触っちゃダメだよ」と止めるのも聞かず、中央の目のような円い印に触れる。
「おい」と住職の声、一瞬、美香の背後に赤い顔が見えた…
「ああっ!」美香の叫びとともに真っ二つに裂ける証文。と同時に本堂がぎしぎしと揺れだした。真っ青な顔の美香が長い髪を乱して倒れこむ。
「証文がっ!地震がっ!いや、とにかく医者だ!」歳に似合わぬ慌てぶりで揺れる本堂から廊下へ走り去る住職。
「美香ぁ!返事してよぉ!」この暑いのに美香の体、冷たいよ…
救急車が到着し、ひと騒ぎのあと、美香は伊東市民病院に担ぎ込まれた。ぼろぼろと涙をこぼしながらも、私は何かが気になった。あの時、美香の背後に見えた顔は…

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伊東妖怪伝 第一章 ぶらんぽ
0130-thumb.jpg
「ぶらんぽって何?」と私、新井魔魅。おバカなスポーツ少女で不良公務員。
「ぶらぶらお散歩の略だよぉ」とほんわか微笑むのは私の親友、松原美香。可愛いけど天然。私と違い大人しい性格だが、なぜか気が合う。
「とにかく私達としては伊東市中をお散歩して取材しなきゃならないみたい」とわが観光課の先輩、宇佐美百合さん。美人で頭脳明晰。いつも冷静で唯一頼れる同僚、そして私と美香の所属する市役所バレー部の部長。
 地元の高校のバレー部だった私と美香は、市役所のバレー部が強いという理由だけで就職先に市役所を選択。何とか滑り込みで採用された。四月のオリエンテーション終了後、観光しながら仕事が出来るならいいじゃん、と軽い気持ちで観光課を希望したのが運の尽き。やたらと肉体労働の多い課である。
 やっと仕事に慣れてきて今はもう八月。伊東市最大のイベント按針祭を控え、観光課の職員は私達以外みんな出払っている。こんな時期に、伊東中を駆け回って『ぶらんぽ』とかいう妙な名前の観光パンフレットを作れという。何か変だ。
「露骨に嫌な顔をするんじゃない」と自分が嫌そうな顔をして注意する赤沢弘幸課長。伊東ネイティブだが外国人のように彫りが深く赤ら顔。
「まず第一回目の特集は、伊東の妖怪特集」とため息まじりの百合さん。
「は?誰がそんなことを考えたんですか」と問うと
「私だが」と妖怪じみた顔の課長。
「…失礼しました」
 妖怪ねぇ…私は観光課の室内を見回した。市役所四階、課長の席の背後の窓から母校の東小学校が見える。今時、小学生も妖怪なんて信じないだろう。青いパーティションで区切られた現代的な職場には、幾台もデスクトップやノートのパソコンが置かれている。PCでお仕事する時代に妖怪?
「そういうわけで、新井君と松原君は仏現寺へ」
 ああ…あれの取材ね。

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