誰にも頼まれていないのに伊東市の観光地を紹介する謎の小説
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
日蓮伊豆法難 あとがき
柄にもなく真面目に歴史小説を書いてしまいました。時代考証も何も分かりませんので、おかしな点があればご指摘いただきたいと思います。
一点、私も疑問に思っている点があるのですが、伊東朝高の玖須美館は現在の仏光寺らしい。毘沙門堂は現在の仏現寺らしい。毘沙門堂は玖須美館の鬼門に立てられたはず。しかし、仏現寺は仏光寺から見ると鬼門とは真逆です。あるいは、物見塚の辺りが館かとも思いましたが、それでも方角が違います。私もこの程度の知識で歴史小説を書いたのは誠に忸怩たるものがありますが。
なお、私の家は真言宗ですので、日蓮宗や創価学会に義理はなく、まして日蓮や立正安国論を標榜する右翼とは何の関わりもありません。私の故郷伊東にいた間の日蓮のことをふと思い立って書いてみたまでのことです。単純に素人作家の書いた歴史小説として楽しんでいただければ幸いです。
さて、伊東の歴史。曽我兄弟、三浦按針、木下杢太郎、とネタはあるので色々書いてみたい欲はあります。ただ、正直、私の知識が追いついていない現状です。図書館通い、史跡通いを繰り返しており、そのうちまた何かアップしたいと思います。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 終章 赦免
「赦免?突然でございますな」虚空蔵菩薩に教えられてとっくにもう分かっていたが、しらばっくれて微笑む日蓮。
「うむ、北条時頼様のお計らいじゃ。わしも随分取り成したがの」と朝高はにこやかに赦免状を見せた。
朝高の取り成しくらいで北条時頼が動くはずがない、そもそも取り成しなど出来るかどうか、と日蓮は思ったが無論顔には出さず
「ありがたき幸せ。早速に出立の準備を致します」と畏まって礼を述べた。
「ところで…」と急に声をひそめた朝高が「わしが仏像をそなたに渡したことは鎌倉では言い触らさんでくれよ」
相変わらず地頭の根性が抜けきらない朝高に苦笑しつつ、「承知いたしました」と答え日蓮は席を立ち、住処へ向かった。
もう住み慣れた感のある毘沙門堂で、伊東で出来た弟子達が別れを惜しんだ。
「流罪というのも、なかなかに楽しいものであったな」
日蓮の冗談に、泣いていた弟子達も笑い出した。
すっかり旅支度を整えてあとは鎌倉へ帰るだけである。だが日蓮は思いついて、富戸の鳥崎、のちに日蓮崎と言われる岬へと寄ってみた。
ここからは、日蓮が最初に置き去りにされたまないた岩が小さく眺められる。波の音の轟く岬で、日蓮が太い声で語り出した。
「思えばわしがあそこに着いてから色々あったな、弥三郎。わしが助けられたのは五月、米が余っておる時期ではない。それなのにお主達はわしをひと月も養ってくれた。まことに、わしの父母が伊東に生まれ変わったのかと思うほどであった。礼を言うぞ。お主達のことは決して忘れぬ」
背後で見守っていた弥三郎夫妻、返事も出来ずただ泣くばかりであった。
この後、日蓮は伊東で得た立像釈尊を生涯、随身仏として持ち続けた。それは、伊東での思い出のためではなかったろうか。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第十二章 自我偈
玖須美館から伊東港へは、左程の距離ではない。日蓮もよく散歩に出かけるが、朝高は地頭でありながら何も束縛しない。
今日も沖合には、人間の苦難など知らぬ鷗達ががたむろしている。更に沖には初島が横たわっているのが見える。
この青い海が安房の小湊へつながっている。いや、唐天竺までつながっているのだ。
日蓮はいつしか自我偈を唱えていた。仏は地上へ仮の姿で現れ、仮の姿は死ぬこともある。しかし実の姿は霊鷲山で永遠の命を得ている。そして人々が救われるのを願っている、という内容である。
この伊東の海を、数百年後に木下杢太郎が「始終動いて居て、而かも永久に不変なる大蒼海」と描写することになる。始終現れては消える泡沫は仮の姿、永久に不変な海は仏の本性といったところか。
夢中で経を唱えているうちに、日が伊豆の山に暮れかかっていた。夕闇のこくなった幻想的な水面に、ざざあん、ざざあん、と響くのは波の音、そして日蓮の読経の声ばかり。
ふと、日蓮が口をつぐみ、柄にもなく驚いた顔で海の上を見つめた。誰かが立っている。海の上に立てる訳がないではないか。はて面妖な。妖怪か、怨霊か?いや、悪意はないようだ、むしろ善意を感じる。この感じ、どこかで会ったような…はるか昔に…
「ああっ!虚空蔵菩薩様!…お、お久しぶりです…」
日蓮が清澄寺で薬王丸と呼ばれていた頃に現れて、宝珠を賜った菩薩である。慌てて手を合わせる日蓮に、厳かな声が降りかかった。
「日蓮よ。お主はここ伊東で法華経を広めることにより、伊豆法難は見事に乗り切った。今は鎌倉へ戻り、教えを広める時である。これからもお主には法難が降りかかるが、宝珠により授かった知恵で乗り切ることが出来よう」
「私は…伊東への流罪を赦免されるのでございますか?」
問いかけたが、菩薩の姿は薄れてゆき、あとには日の暮れた暗い海が残っているばかりであった。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第十一章 教機時国鈔
わしはこの書のなかで、教、機、時、国を以て法華経を広めるべきじゃと説き、更にその順序を説いた。
まず教について、経・律・論の中に小乗・大乗、権教・実教、顕教・密教がある…これ弥三郎、意味が分からなくともそう露骨に嫌な顔をするでない。要するに、教えを説くものは教えをよく知れと、つまりは当たり前のことを説いただけじゃ。
次に機じゃが、教えるにしてもその相手が分かる頭を持っているか、たとえ頭が良くとも受け入れる心があるかどうかよく見極めよ、ということじゃ。先程わしが弥三郎に易しい言葉で言い換えたのもそれじゃな。
三に時とは、教える時がどのような時であるか考えよ、ということじゃ。弥三郎も漁師ゆえどの季節にどんな魚が獲れるかは分かっていよう。朝高殿がいかに意地の悪…いやすまぬ、厳しいと評判の地頭でも冬に年貢を寄こせとは言うまい。今は末法の時である。念仏を唱えるべき時か、法華経を唱えるべき時かは自ずと分かろうというもの。
四に国とは、教えを広めようとする国がどんな国か考えよ、ということじゃ。天竺での釈尊の教えが唐土を伝い朝鮮を伝って我が国へ来たわけじゃが、天竺におけると同様の教え方でよいのか、また唐土や朝鮮と同じ教え方でよいのか。ここ日本に合った教えは何なのか、ということじゃ。
最後に、どのような順序で教えを広めるか。小乗・権大乗が広まっておれば、実大乗を広めるべきで、実大乗が広まっておれば、小乗・権大乗は不要…
おや、弥三郎は陸の上でも舟を漕いでおるな。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第十章 四恩鈔
「シオンショーたら、何でごぜえます」
「うむ、一切衆生の恩、父母の恩、国主の恩、三宝の恩の四つの恩についてこの書で述べておるゆえ四恩鈔と名付けたのじゃ」
「父母や三宝を敬うのは、よく分かるけんど…」
「わしが一切衆生や国主を敬ったらおかしいか?」
「へえ、失礼だども、日蓮様はよく念仏衆の衆生にけなされるお人だで…」
「ふふ、そうじゃな。だが考えてもみよ、一切衆生がおらなければ、衆生無辺誓願度、つまりあらゆる人を救う誓いをわしは立てられなかった。また仮に念仏衆がおらなんだら、念仏衆を改心させるという功徳を積むことはできなかった。一切衆生に恩を感じてこそ、法華経を広められるというものだ」
「ふうん。だども、そげな広い心を待つのはおらには無理だなあ」
「いや、一足飛びには無理じゃ。少しずつ修行してゆけばよい」
「そんで、国主つうたら、鎌倉様だべ?なんでまた、日蓮様を流罪にした鎌倉様に恩を感じるだ」
「まあ、お主には分かりにくかろうな。わしは伊東に流され、まないた岩の上に置き去りにされることによって、生死の具縛、つまり生きるか死ぬかなどと思い煩うことに見切りをつけることができたのじゃ。あの時お主も言うたように、わしはまないた岩から泳いで逃げられたかも知れん。じゃが、逃げずに自分の命への拘りを捨てられたのは、国主が伊豆にわしを流してくれ、まないた岩に置き去りにされたからじゃ。それゆえ、国主へ恩を感ずるというわけじゃ」
「ううん、分かるまではおらは大分修行せにゃいかんなあ」

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第九章 毘沙門堂
「弥三郎、世話になったのう。はやひと月か」
「い、いいえ、滅相もねえこんで」弥三郎は鼻をすすり上げた。
「何も泣くことは無かろうに。川奈から玖須美では一里にもならぬ。いつでも訪ねることは出来ようが」
「だ、だども、地頭様がお許しくださったっちゅうことは、鎌倉様もそのうちお許しになって…」
「ふふ、それはあるまい。この件は、飽くまで伊東朝高殿のご好意に過ぎぬ。わしはあと何年か伊東におるだろうよ」
「そ、そりゃ良かっ…い、いえ、流罪のお許しが出るのを心より祈っちょります」
へどもどして言い直す弥三郎に日蓮は、はっはっはっと笑いかけると、朝高の用意の馬に荷を乗せ玖須美館へと向かった。弥三郎がお供をする。
程もなく着いた玖須美館、一礼して帰ろうとする弥三郎を門番が引き留めた。
「殿が、日蓮様のお弟子はどなたでも毘沙門堂へお通しして手厚くもてなせと仰られておりますゆえ」
「え、ええんですかい」
0061-thumb.jpg
首を捻りながら日蓮の後を追い毘沙門堂へと歩いてゆく弥三郎。
「おらなんぞを、何で館に入れてくれたずら。あの意地の悪い地頭様がよ」
「おい、意地の悪い地頭様なら、お主の後ろにいるぞ」と朝高の声。朝高の背後には正清が相変わらず謹厳な様子で控えている。
「ひいっ」と飛び下がってぺこぺこする弥三郎。
朝高が腕組みをしてにやにやしながら
「よいよい、今は互いに日蓮様の弟子じゃ。皆、共に教えを乞おうではないか」
「へ、へえ」
荷物とて左程ないが、手ずから楽しそうに朝高や正清が日蓮の引っ越しを手伝うのを、弥三郎は目を丸くして見た。弥三郎と一緒に拭き掃除までする朝高に、弥三郎はろくろく話も出来ない。
やがて引っ越し作業を終え、よい汗をかいた、とにこやかに去っていく朝高や正清を眺めながら、
「人は、変わるもんじゃなあ」と弥三郎が呟くと
「まだまだ、この国の人間を全て変えるつもりじゃ」と日蓮が笑顔で豪語した。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第八章 立像釈尊
「ほほお、これは見事な」
「ほんのささやかなお礼でございます」
すっかり病の癒えた伊東朝高が、金色に輝く立像釈尊を日蓮に差し出した。
今を去ること数十年前、伊東の松原海岸が三日三晩光り輝き、魚が逃げてしまう怪異があった。あまりの不思議に伴左衛門という漁師が思い切って船を出し、恐る恐る網を投げ入れてみた。するとしばらくして、金色に輝く釈迦仏が網にかかってきた。伴左衛門は自分が所有するのは恐れ多いと、これを地頭である伊東家に預けたのである。
「日蓮様には下手に金品など差し上げるより仏像を差し上げた方がよい、と正清が申しておりましたが、その通りでございましたな」
病に伏せっていたとは思えぬ元気な様子で朝高が微笑むと、日蓮も微笑み返した。
「ところで、日蓮様のお住まいのことでございますが、岩屋では何かとご不自由でございましょう」
「いや、さほどには。鎌倉でも粗末な庵に住んでおったゆえ」
「いえ、実は当家には毘沙門堂がございます。手ごろなお住まいとして、ぜひ日蓮様にお住みいただけたらと…いかがでございます」
朝高の目の奥に、悪意は全くないが、地頭のずるがしこさが見て取れた。
「ははあ」日蓮がにやりとする。すでに日蓮は玖須美館の構造はおおむね知っている。毘沙門堂は鬼門に当たるのだ。別に、朝高の日蓮への感謝は偽りではない。日蓮に気持ちよく過ごしてもらおうという気持ちももちろんある。だが、おためごかしに日蓮を鬼門封じに使おうとは、いかにも地頭らしく小ずるく頭を働かせたものである。
日蓮はその点には気づかぬふりをして
「そうですな、住まわせていただきましょうか。ただ、いささか書き物をしたいと存ずるが、ちと紙が不足ゆえ用意していただけますかな」
この時代、紙はまだまだ高価なものであった。
「ええ、紙や墨くらいでしたらいくらでも」もう鬼門から病が来ないのであれば、そのくらいは安いものだと計算する朝高。
「有難く存ずる。なお、わしが経など入用な時は出来る限りご手配いただきたいが、よろしいかな」
この辺りは日蓮もなかなか計算高い。
「ええ…心得ました」
朝高も、そう答えざるを得ない。さて、どちらが得をしたか。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第七章 祈祷
歩いて行くからと嫌がる日蓮を、正清と御付の小者が無理に馬に乗せ、正清が自ら手綱を取った。
「日蓮様?どうしただ」漁の帰りにたまたま通りかかった弥三郎が驚いて問いかけた。
「いや面目ない。とうとう説得されてしもうての」天に何ら恥じるものはないと思っていた日蓮、特に罪は犯さずともたわいないことで恥じることもあるものじゃな、と思った。正清は糞まじめに胸を張り馬子の役をつとめているが、御付の者は背後で笑いをかみ殺している。
玖須美館に着くや、すぐに伊東朝高の枕頭へ呼ばれた。朝高が潤んだ目で、分かっているのかいないのか、日蓮をじっと見つめる。その顔を覗き込んだ日蓮、病状を説明しようとする正清を遮り
「お主は命を懸けて朝高殿を法華経に帰依させると申したの。わしも命を懸けて祈祷を致すつもりじゃ」と後は何も言わず朝高へ向き直り法華経を唱え出した。
命を懸けるという日蓮の言葉は嘘では無かった。経を唱えるゆえ水くらいは飲むが食事もとらず、時々うとうととはするようだが横にもならずに祈り続けた。
一日目、あれほどの唸り声が静かになってきた。
二日目、あれほどの熱がようよう引いてきた。
三日目、朝高がようやく目を開け口を開いた。
「日蓮どのか…感謝いたす」日蓮をしっかり見つめ、小さいが確かな声音で朝高が呟いた。
その場にいた正清は感涙にむせびながら、はて殿は今まで眠っていたはず、誰か日蓮の名を殿に教えたろうか、と不思議に思った。
「もう大丈夫じゃ、横にならせてくれい」おどけるように怒鳴り立ち上がった日蓮、寝不足でさすがによろめき、正清が慌てて支えた。
大喜びで家人達が別室に寝具を整えると、日蓮はすぐに横になり高いびきをかき始めた。
日蓮様のいびきは殿の唸り声に勝るとも劣らぬぞえ、と口の悪い下働きの女中の申すことに、久しぶりに屋敷中が明るい声で笑いあった。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第六章 日参
「まさか日蓮本人が殿を呪詛しておるということは御座いますまいな」
「いや、それは無かろう。日蓮は毎日、百姓や漁師の元へ出かけ手伝いなどをし、布教はそのついでくらいじゃそうじゃ。およそ流人らしからぬ流人じゃな。呪詛するとすれば夜じゃが、殿は昼も夜も絶え間なく苦しんでおる故、ちとおかしい。それに実際会うてみて、日蓮がわしのことや殿のことを憎んでいる様子は全く見えん。不思議な坊主じゃ」
「それで、これからどうなさるお積りで」
「うむ…」と口ごもったが「とりあえず出かけてくる」と相変わらず糞まじめな顔の綾部正清。実は少し目算があった。
日課のごとく馬に乗り川奈へ向かう正清を、村人達ももう見慣れて噂もしなくなった。日課のごとく岩屋をくぐる正清を、日蓮ももう見慣れて苦笑いをした。
「さぞ、懲りぬお人じゃとお思いでしょうな」と正清の方も珍しく笑顔を見せた。
「いや…主人を思うお心は見上げたものだと思うておりますが」
「本日は、拙者も腹を決めて参りました」と正清は居住まいを正すと「拙者を、どうか日蓮殿の門弟にしてくだされ」といきなり土下座した。
深々と頭を下げる正清を見て、日蓮のもともと大きい目が更に大きくなった。
「いや…ご家老の見上げたお覚悟は認めます。ただ、病平癒の祈祷についてはむしろご病人本人の宗派を何とかせねば」
「殿はご病気で話もままならぬ状態にて」
「うむ、それはそうじゃが」
「殿の御病気が治った暁には、拙者が命を懸けて殿を説得し法華経に帰依させる所存。それでいかがか?」
ひたむきな眼差しで、じっと日蓮を見上げる正清。その目には一点の曇りすらない。
ううむっ、と滅多なことでは他人に気を呑まれるようなことは無い日蓮が、大きくたじろいだ。
「わしは…念仏衆などと見下す気持ちがどこかにあったかも知れぬ。宗派の争いにかまけて、人の命を軽んずる気持がどこかにあったかも知れぬ。愚かな坊主と笑ってくれい。正清殿の見事なお心映え、感服いたした。わしの負けじゃ。喜んで病平癒の祈祷を致しましょう」
破顔する日蓮を、正清が泣き笑いで見上げた。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第五章 綾部正清
特に取り立てて豪華な服装でもないが、それでも清らかに折り目正しい綾部正清の風体は、川奈では結構目立った。貧しい身なりの村人達が物陰でひそひそ噂するのには目もくれず、晴れた空にも鳴く鳥にも笑い一つ浮かべず、黙々と馬を進めて行く。やがて、地頭の家老が入るにはあまりに侘しい岩屋に着き、馬を下りた。
「申し、おられるかな」中へ声をかける。
「おるとも、おるとも」と流人にしてはやたらと元気な声が返ってきた。
ちょっと出鼻を挫かれた気はしたが、それでも真面目な顔を作って岩屋の奥へ進んだ。奥というほどのこともない狭い内部に、でかい目玉をした坊主がにこにこして座っている。
「お主もわしの教えを受けたいのかな?」と屈託のない満面の笑みが迎えた。
「いや…」と口ごもる正清。正直、苦手な型の人間だと思った。
「実は、拙者、伊東の地頭伊東朝高が家老、綾部正清と申すもの」
「ははあ、それでわしを捕らえようと。構わんよ。お供しよう」と全く笑顔を崩さずに立ち上がろうとする様子。
「いや、待たれよ」と慌てて手を上げ押し止める正清。流人の坊主など一喝してやろうくらいの気持ちで来たのだが、全く勝手が違う。
「流罪の件はいずれ、折を見て話すといたそう。本日参ったのは、わが殿伊東朝高様の病の件でござる」
「ふむ、噂は聞いておる」
「率直に申し上げる。病平癒の祈祷をお願いしたい。隠しても始まらぬので申すが、朝高様は念仏衆である。日蓮殿、そこを曲げて祈祷をお願いしたい」と正清が滅多に下げたことのない頭を下げた。
さすがに日蓮も笑いを引っ込める。「いや、わしのような糞坊主に頭を下げるとは見上げた家老様じゃ…じゃが、一応、筋は通したい。朝高殿が法華経に帰依するのであれば考えよう」
ううむっ、と正清が頭を下げたまま顔を赤くする。ここで怒ってはならぬ、と息を整えてから頭を上げた。
「拙者も今日一日で御坊を説得できるとは思ってはおらなんだ。また日を改めて」
ふうっ、と深呼吸して気を落ち着けてから、きちんと日蓮にお辞儀をして岩屋を立ち去る正清であった。宗派のことはともかく、それなりに立派な人物であるのは日蓮も認めた。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第四章 玖須美館
玖須美館は地頭の屋敷のこととてかなり広い屋敷であったが、その呻き声は屋敷のどこに居ても聞こえるのだった。
「うおおおおおっ」と獣のような声が屋敷を揺らし、家人は眉をひそめる。屋敷の主人、伊東の地頭である伊東朝高は、原因不明の高熱がもう何日も続いている。医師も気休めの処方をするだけで病の特定すら出来ない。
日蓮という坊主が伊東に流されて来るゆえ故意に見捨てて死なせるように、という命令が鎌倉から内々に届いていた。更に、日蓮が実は生きていて密かに布教活動をしている、という噂も近隣から届いていた。放っておけば明らかに地頭の監督不行き届きである。それにしても朝高の病が癒えねばどうしようもない。
朝高の唸り声が漏れ聞こえる奥の間に、家臣達が集まってひそひそと相談していた。みな苦い顔をしているのは当然だが、家老の綾部正清はひときわ苦り切っていた。
「どこの占い師もそう申していると?」
「はい、日蓮に祈祷を頼めと…」
「馬鹿な、あれは流人ぞ。しかも、念仏衆を呪詛しているというではないか」
「しかし、殿の御容態がこれでは…一応は試してみてはいかがかと」
ふうっ、と糞真面目な顔の正清、額に皺を寄せ、
「ここに至っては、やむを得ぬ…日蓮に頼むとするか」
「はい、誰を遣わしましょうか」
「いや、わしが行く」言いさしてすぐ立ち上がる正清。
「は?たかが坊主風情にご家老が?」
止めようとする家臣達に一瞥も与えず部屋を立ち去る頑固な正清であった。

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第三章 生い立ち
安房の国の小湊というてな、この伊東に負けないくらい海の綺麗なところじゃ、わしが生まれたのは。子供の頃は善日麿と呼ばれておったが、自分で言うのもなんだが神童などと言われての。学問を心がけ、当時はわしも念仏など唱えておった。
安房で知られた寺といったら清澄寺じゃ。そこで、わしは十二の時に清澄寺に預けられ、薬王丸と呼ばれるようになった。
名は変わっても相変わらず学問には励んでおったが、念仏を唱えるだけで極楽へ行けるのか、何故仏教はあまたの宗派に分かれておるのか、など疑問は尽きなかった。
ある日、日本第一の智者にならんと願いつつ一切経を読み耽っておると、目の前に虚空蔵菩薩が現れわしに宝珠を賜った。お主はそんなものはただの幻じゃと言うかもしれんな。だが、本当だと思いこんで努力することの方が大事じゃとわしは思った。
その後、名を是聖房蓮長と改めたわしは、鎌倉に学び、更に比叡山に登った。ありとあらゆる経典を読み漁った。そして悟ったのは、法華経こそが最高の教えであり、他の経典は法華経を説くための方便にすぎぬということじゃ。
もはやわしは三十二になっておった。望郷の念やみがたく、最初の説法の地に故郷の安房を選んだ。清澄寺の旭の森で、わしは初めて南無妙法蓮華経と題目を唱えた。そして、名を日蓮と改めた。ここからが苦難の始まりじゃ。
さて、わしの初めての説法の日、清澄寺の境内にはあまたの人々がおり、中に地頭の東条景信殿までおられた。これは騒ぎになるな、あるいは殺されるな、と覚悟をした。その通りの結果とあいなった。わしは法華経こそ最高であり浄土宗などくだらんと堂々と説いたものだから、景信殿は怒号を上げた。家来共に寺を囲ませたので、わしは二人の兄弟子に導かれて危うく難を逃れたことであった。
その後、わしは鎌倉へ向かった。いやしくも一宗を立て天下に公表するには鎌倉がよいと思うたのでな。鎌倉は名越の松葉ヶ谷に庵を結び、わしは毎日辻説法へ出かけた。糞坊主などと罵られ石を投げつけられたこともあったわ。
それでも毎日続けているうちに少しずつ弟子も増えていった。まず順調かと思っておったら、お主も覚えておろう、あの頃の騒ぎ。大洪水、大地震、飢饉、疫病。
わしは何故この国にこうも災難が降りかかるのか考え、一切経をひもといてみた。そして、念仏などの邪教がはびこるゆえ災いが起こるのだと結論づけ、『立正安国論』という書物にまとめた。このままでは他国侵逼、自界叛逆の難が起こると…ふふ、すまぬ、難しかったか。平たく言えば、わが国が異国に攻められ、国の中でも乱が起こる、と説いたのじゃ。
わしは思い切って『立正安国論』を北条時頼殿へ提出した。いや、無茶や無礼は承知の上であった。むしろ無礼な坊主だと噂が立ってくれた方が読んでくれる者が増えると思うてな。ところが読んでくれたはいいが、頭の固い念仏衆にまで読まれてしもうての。松葉ヶ谷のわしの庵が焼き討ちに会うてしもうた。それは危うく逃れたものの、念仏衆め、わしを幕府に訴え出おった。たちまち捕らえられての、伊東に送られることになった。まあ伊東の地頭に監視されるのじゃろうと思いきや、あんな狭い岩の上に置き去りにされ、更には潮が満ちてきてしもうた。そこをお主に助けられたという訳じゃ。
小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第二章 弥三郎
かたわらの松に袈裟をかけ、さして寒い様子もみせず辺りを見回す坊主。緑の多い野や山を見て莞爾と笑った。
「良い所じゃの。おぬしの家はこの辺りか?」
「ちくと離れた川奈に住んどる。お前さん、罪人とか言うとったが、これからどうするつもりじゃ」
「おぬしの好きにしてよいぞ。日蓮という坊主を捕らえたと名乗りでれば、褒美でも貰えるかも知れぬ」
そう言われて名乗り出られるほど悪人でもなかったこの漁師、名を弥三郎といったが、とりあえず日蓮を川奈の岩屋に匿い、女房に相談した。
「何でもええから、食いもんを持って行ってやっとくれ」
女房は自分達の食物も少ないことを思い文句を言いかけたが、この人の好い夫に何を言っても無駄だと思い直し、苦笑して食事を用意してやった。
狭い岩屋、粗末な食事に日蓮は文句も言わずむしろ楽しそうだった。罪人なら罪人らしく大人しくしていれば良いのに、近所に出かけては漁師や百姓を手伝い、そのついでにお題目をやらせたがる。貧しい村のこととて、皆生きるのに精いっぱい。迷惑がる村人が多かったが、そのうち南無妙法蓮華経、と唱える者も出てきた。
「おら、ナムミョーホーレンゲキョーたらどういう意味だ、って聞いてみただ」
とある日、弥三郎の女房が言い出した。
「ほう、それで?」
「法華経ちゅうお経が一番偉いって意味だそうじゃ。だども、そう言ってたら鎌倉をおん出されたそうな」
「何故じゃ」
「分からん」
ギャテーギャテーとかいう般若心経くらいは弥三郎も聞き覚えがあった。いずれにしろお経はどれも有難いものだと思っている。どのお経が偉くてどのお経が駄目だなどと考えてよいものか。
「ふうん…よし、明日はおらが食い物を届けに行ってみるだ」

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

日蓮伊豆法難 第一章 まないた岩
富戸
「今日は何にも網にかかりゃせん」
粗末な着物の漁師がぶつぶつ言いながら、粗末な小舟をふらふらと操り、富戸の海をさまよっている。空の天気は非常に良いが、漁師の機嫌は非常に悪い。
「これじゃ女房を食わせることもできやせん」
適当にそこいら回ってみるか、と門脇崎を曲がると南に向かった。青い海原に切り立った崖が見事な景観を作っているが、そんなものを鑑賞する余裕は漁師には無い。
「そろそろ何かかかってもええ頃だがなあ」
何の因果でこんな商売を、と思いつつ何気なく右側の崖を眺めていると、妙なものが目に入った。
「何じゃ、あの岩」
確か、まないた岩のあった辺りだが、いつもと形が違うようだ。いや、もうまないた岩は沈んでいる時分だが。まるで人の頭ような…というか、ありゃ人だろ?
どどおん、ざばあん、と豪快に断崖絶壁に打ち寄せる波の音。その音に混じって妙な声が聞こえてくる。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…」
念仏のようだが、念仏ではない。無教養な漁師とはいえ念仏くらいは知っていた。
「ナムアミダブツっちゅうのは知っとるが、ナムミョーホーレンゲキョーってな、何だべ」
不審に思いつつそばに漕ぎ寄せると、見慣れぬ坊主が腰まで海に浸かっている。こちらを見ようともせず、一心不乱に南無妙法蓮華経と怒鳴っているのだ。呆れて一瞬ぼおっと見つめた漁師、はっと気づいて
「ぼ、坊様ぁ!何やっとるだ!早う乗れ!潮が満ちるだ!」
念仏らしきものをやめた坊主、漁師に気づき、にかっ、と笑った。
「親切なお人じゃのう。では、乗せてもらうとするか」と、船の方へ泳いできた。
おや、と漁師が思ったのは、舟まで短い距離ではあったが泳ぎがかなり上手かったこと。更に、舟をひっくり返さないような乗り方も心得ていて器用に乗り込んできたことだった。
ずぶ濡れの粗末な袈裟に身を包んだ坊主が
「船か。懐かしいのう」とでかい目できょろきょろする。
「船に乗ったことがあるだか?」
「ああ、元は漁師での」
「じゃ、じゃあ泳ぎは達者ずら。はよ陸まで泳げばいいだに、あんなとこで何やってただ」
「岩に置き去りにされての。助けられるかどうか運試しをしておった。おぬしのお蔭で助かったという訳じゃ」にかっと笑ったその笑顔、狂っているようにも見えない。
「変わったお人じゃのう。なして岩に置き去りにされただ」
「いや、確かに変わったお人じゃったゆえ、念仏衆と喧嘩をしての。幕府に訴えられてしもうて、伊東に流されてきたのじゃ。つまり、わしは罪人じゃ。こう聞いて助けるのが嫌になったら、いつでも海に放り出してよいぞ」
はっはっはっ、と天を仰ぎ何の屈託もなく大笑いするその笑顔、全く憎めない。
「魚は獲れんかったが、面白い坊さんが獲れたものじゃ」

小説 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。