誰にも頼まれていないのに伊東市の観光地を紹介する謎の小説
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曽我物語異聞 第一章 薪能
松川のせせらぎに、笛の音や鼓の音が調和する。
伊東祐親祭りの最大の出し物、薪能。伊東市内を流れる松川の上に特設舞台と観客席を作る変わった趣向で見せてくれる。舞台の両端にかがり火が赤々と炊かれ、なかなかの迫力だ。…ただ、そばのいでゆ橋からでも結構見えるのに、S席に座ると五千円も取られる。それでも満席になるのが不思議だ。
伊東祐親は平安末期の伊東の豪族だ。伊東に貿易や製鉄を興し栄えさせた。しかし源平合戦で平家方についたため、捕らえられ自害してしまった悲劇の武将だ。
能舞台の背後の東海館は昭和初期の建築の古風な旅館である。現在は旅館を廃業し伊東市が管理しており、内部に伊東の歴史に関する展示物が飾られている。今夜は全館に灯りが灯され舞台を盛り上げている。川面に映る灯りがちらちらと揺れ美しい。0109.jpg

今日の出し物は「小袖曽我」。父の仇討に行く前に母の所に寄った曽我兄弟が、別れを惜しみ母の前で舞い、形見として小袖を貰うというストーリー。
曽我兄弟は伊東祐親の孫に当たるが、仇討の話は伊東祐親と工藤祐経の所領争いに端を発する。所領争いに敗れた工藤祐経が、家来に命じ、伊東祐親とその息子の河津三郎の暗殺に行かせた。伊東の奥野で催された巻狩りの帰り道、伊東祐親は危うく難を逃れたが、河津三郎は祐経の家来に射殺される。河津三郎の子である曽我兄弟は当時は子供であったが、成長して工藤祐経を討つことになる。
今年は、伊東市役所観光課の私こと新井魔魅、親友の松原美香、先輩の宇佐美百合さんで薪能の手配をした。どうやら大きな失敗も無く開催にこぎつけ、今三人は舞台の袖に座っている。百合さんは熱心に『伊東本曽我物語』を読み耽っているが、美香はあくびを堪えている。私はといえば、仕事上一応は勉強した曽我物語のストーリーを思い出しながら、役者達が扇子を持って舞うのを熱心に見ているふりをしていた。
不意に、稲光が辺りをさっと明るくした。すぐにごろごろごろごろごろおっ!っとすさまじい音を立てて雷が響いた。
「きゃあぁ」と怯える美香。
「近かったわね」と本から顔を上げようともせず冷静な百合さん。
いつもながら対照的な二人ね。後で聞いたところでは、この時には物見塚公園の伊東祐親の銅像を雷が直撃、銅像が黒焦げに焼失したところだった。
と、突然かがり火が巨大に燃え上がった。見る見るうちに東海館の最上階にまで達する。私達の顔まで熱気でほてる。
「きゃあっ」「なんだ?」観客達が怯えて騒ぎ出す。がたがたと立ち上がって逃げ出す人もいる。
舞台の中央に立つ不気味な姿…あんな役者いた?古風な和服を着て、不気味に青白い顔。鼓も笛も驚いて止まってしまった。
「何あれぇ」とびびりまくる美香。
「我は工藤祐経…」と呟く人物をよく見ると、その体が透けている…
「この世のものじゃないみたいね」といつもながら冷静に観察する百合さん。ちょっとは慌ててよ。
「この伊東の地で、曽我物を演ずるなど愚かなり」そんなこと言ったって市議会で通ったものはしょうがないじゃん。
「伊東祐親ゆかりのものなど、全て滅ぼしてくれるわ!」
がたん、と倒れるかがり火。途端に、ぼおおっ、と水上舞台が燃え上がる!
「きゃあっ!」「うわっ!」観客席から道路へと上がる階段に人が殺到する。狭い階段に押し合いながら、なかなか前へ進まない。
祐経はふわっと浮き上がった。いでゆ橋を越え、ラヴィエ川良を越え、西へ?

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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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