誰にも頼まれていないのに伊東市の観光地を紹介する謎の小説
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伊東沖海戦 第四章 まないた岩
なすすべもなく立ちすくんでいると、船は帆船にはありえない速度で走り川奈崎を回った。更に、いつか海野さんのボートに乗り海坊主と出会った城ヶ崎を回りこむ。城ケ崎
皮肉だが快適な船旅だ。伊豆海洋公園を過ぎた時、ポケットに入れたお守りが服の上からでも分かるほどに光り出した。
「な、何これ?」
ふと見ると美香と百合さんのお守りも光っている。「あれぇ」「何かしら」
「また何か小賢しい真似をし出したか?」と眉をひそめる天狗。いや私達は何もしてないですが。
ふわっと三人の体が浮いた。そのまま急速に海岸の方に引き寄せられる。
「うわああああ?」空が青いな、死にたくないな…
海に叩き落とされるか、断崖にぶち当てられるか。と思っていると、ふわりと着陸したのは岸壁のそばの石畳のような岩盤だった。
「ふわぁ」安堵のため息の美香。
「ここ、どこなの?」と見回すと
「日蓮のまないた岩ね」と岸壁を見上げる百合さん。
かつて日蓮が立正安国論を著し、当時の最高権力者である北条時頼に提出した。法華経以外の諸宗がはびこるために災害が起こるのだという立正安国論の内容を、禅宗を信仰する時頼は鎌倉幕府への批判と見なした。伊豆への流罪と決まった日蓮、伊東沖のまないた岩に置き去りにされた。事実上の死罪だ。だが、日蓮が一心に南無妙法蓮華経と唱える声を、伊東の漁師弥三郎が聞きつける。弥三郎は日蓮を洞窟に匿い、日蓮は生きながらえた。
私達の持っているお守りは、日蓮宗本山である仏現寺のもの…
「きゃあ、日蓮ちゃん大好きぃ」と能天気な美香。
「そのうち罰当たるよ、美香…」
海野さんのボートがサンブエナベンツーラ号とまないた岩の間に割って入った。
「また燃やされたいかぁ!」と雄叫びを上げガソリンタンクを持ち上げる海野さん。
「ふふ…今日のところは引き上げるか」天狗が苦笑、サンブエナベンツーラ号は海中へ、ざばざばと消えていく。天狗さん、海中で息できるのかしらん。
「はあ、助かった」
「よかったねぇ」
というか日蓮さん、どうせなら仏現寺まで飛ばしてくれれば私達の職場の伊東市役所はすぐ隣だったのに。

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伊東沖海戦 第三章 手石島
手石島
手石島は伊東市の汐吹海岸の沖にある無人島。島のすぐ横にある岩がゴリラの横顔に似ているため「手石ゴリラ」と呼ばれる。
海野さんの自前のボートは炎上したため、ダイビングスクールのボートを借りて手石島へ向かった。青空のもと、見慣れているはずの島が何故か不気味に見える。
「海野さん、ボートに残っていつでも出発できる準備をしていて」と百合さん。「分かった、無茶するなよ」
岩だらけの足場の悪い島に私達三人、上陸した。
「…特に何も無いみたいね」と私が首をかしげると
「たしかに無いわ…弁財天まで無い」と鋭い目つきで辺りを見回す百合さん。
「えっ!」手石島には船の安全を祈って弁財天があるはず…
「ふふ…もう気づいたか。神様など苦手でな」
「て…天狗?」慌てて辺りを見回す私達。
「あれぇ」と美香が変な声を出す。
「どうしたん?こんな時に」
「汐吹岩が…動いてない?」
汐吹公園の汐吹岩は、中が空洞になっており、潮が満ちてくる時に勢いよく海水を吹き出す。かなり迫力があり、遊覧船で見に行く分には楽しいのだが。
「…この島が進んでいるのよ」と冷静に観察する百合さん。汐吹岩はもう大分、右の方。私達は南へ進んでいる?
ぶもおおおおおっ、と叫ぶ鳴き声。聞き覚えがある…途端に島の木が三本まっすぐに伸び出した。徐々にマストの形になり、帆が張られる。島の南端がとがり出し、舳先の形に。ごつごつした地面が平らになり、甲板を形作る。
この鳴き声、そして変身能力、これは大池の赤牛!
おさらい。昔、一碧湖が大池と言われていた頃のこと。大池に一匹の赤牛が住み着いた。美女に化けて若い男を水中に引きずり込んだり、龍に化けて湖を渡る人を驚かしたり、悪さを続けた。村人達が困るのを見かねた光栄寺の日広上人が、湖の小島に渡りお経を唱え赤牛を封じ込めた。以前、現代に復活した赤牛を、私達三人と海野さんのダイバー仲間とでお守りを使って再び封じ込めた…はずだった。
見る見るうちに手石島は完全にサンブエナベンツーラ号に化けた。
「大丈夫かぁっ、ちゃんと生きていろよぉ!」と叫ぶ海野さんのボートが並走している。海野さんはガソリンのタンクを抱えているものの、私達が乗っている船に攻撃も出来ず困った顔をしている。
「どこへ連れて行く気かしら」と百合さんが上を見上げる。
はっ、と見上げるとマストの上に天狗が立ち、いやらしい笑いを浮かべている。
「そうさな、いきなり殺してもつまらん、太平洋の真ん中で溺れてもらうのはどうかな?」
「そんなとこから泳いで戻れるの魔魅くらいだよぉ」と泣き顔の美香。…私をどれだけ体力バカだと思ってるん?

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伊東沖海戦 第二章 按針メモリアルパーク
「どうして三浦按針が伊東の街を襲うの?按針祭とかしてあげてるじゃん!ありえない!」
ウィリアム・アダムス像にどなりつける美香。伊東マリンタウンからの帰り道、私達三人は何かヒントになることでもあるかと按針メモリアルパークへやって来た。松川の河口付近、なぎさ橋のたもと。ウィリアム・アダムスやサンブエナベンツーラ号の石像がある、ごく小さい公園だ。
サンブエナベンツーラ号
西暦1600年、関ヶ原の戦い前夜、豊後の国に日本人には見慣れぬ南蛮船サンブエナベンツーラ号が漂着した。幽霊船のようになった船の中、もはや残り少ない乗組員の中にイギリス人航海士ウィリアム・アダムスが居た。徳川家康が引見し、その人柄と教養によりアダムスはたちまち気に入られる。西洋の学問を教えたり通訳をしたりしているうちに、西洋の船を作ってみろと無茶な命令を出された。造船所に選ばれたのは、江戸に近く、天城山の良材、腕のいい船大工、手ごろな川が揃っていた伊東。松川の河口、つまり現在の按針メモリアルパーク付近で、日本最初の洋式帆船が建造された。ウィリアム・アダムスはその功が認められ家康の旗本となり、三浦按針の名を与えられる。
激怒する美香を抑えるように冷静に百合さんが呟く。
「たぶん…あれは三浦按針そのものじゃないわ。よく調べましょう」
按針メモリアルパーク
三人、ウィリアム・アダムス像の前に立ち顎髭に覆われたその顔を見上げる。
「あれ?」幾ら外国人にしても鼻がたかすぎるような。白人ってあそこまで赤ら顔だったっけ?…てゆうか銅像が赤いわけない!にやりと笑ったその顔、まさか!
「お嬢さん方、お久しぶり」
「その声は…柏峠の天狗!」
おさらい。伊東から中伊豆へ抜ける峠を柏峠といいます。そこに数百年前に天狗が住み着き、旅人や村人に悪さをした。そこで仏現寺のお坊さんが天狗の住処らしい峠の大きな松の前で、七日七晩も経を読んだ。日数は嘘っぽいけど。そしたら、松の木の上の方から巻物が降ってきた。そこに書かれた文字は誰にも読めなかったのに、天狗の詫び証文であることは何故か分かっている。そこんとこは小一時間突っ込みたいけど置いといて、以前、天狗が美香に憑りついて詫び証文を破かせ、天狗が復活。私達三人でなんとか退治したけど死体は発見できなかった。
天狗と気づくや、さっとポケットに手を入れる私達。
「また、仏現寺のお守りか?芸が無いのう」
あれ?今日はなんか余裕があるなこの人…いやこの妖怪。
「面白いことを教えてやろう。今度は伊東の海岸を破壊してやろうと思うてな、手石島で準備をしておる。興味があれば来るがよい。歓迎するぞ」
言い捨てて背中からばっと羽を出すと、観光会館の上を越え南へ飛び立ってゆく天狗。懲りない妖怪さんだねぇ。
手石島へ来いって?たぶん罠かな。

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伊東沖海戦 第一章 伊東マリンタウン
マリンタウン
海沿いの国道135号線バイパス。街路樹の背の高い椰子の木の向こうに、カラフルな屋根が見えてくる。道の駅、伊東マリンタウンだ。
私、新井魔魅は、伊東市役所観光課に入ったばかりの社会人一年生。伊東市の観光課にいるくせに伊東マリンタウンに行ったことも無いのはまずいだろ、という建前で、同僚かつ親友の松原美香を連れて遊びに来ている。
伊東マリンタウンは温泉に入れるスパ棟と買い物の出来るバザール棟に分かれる。ちょっとお腹の空いてきた私達はバザール棟の二階へと階段を上った。まぐろ丼だの、あさりラーメンだの色々目移りするけど、今日は一番奥の「海辺の食卓」へ。その名の通り窓から海が見えるレストランだ。快晴の伊東港、マリーナに停泊する多数のヨットを眺めながら鯖バーガーを注文した。鯖のフライと蜜柑のスライスがはさんであるハンバーガー。美味しいけど、一食700円は結構いいお値段だ。
「あ、あそこ百合さんがいるぅ」と美香が笑顔で可愛い声をあげる。
んっ?と外を見ると、なるほど観光課の先輩の宇佐美百合さんがにこやかに誰かと話している。
「あ、あれ海野さんじゃない?」以前、伊東に現れた妖怪退治の時にお世話になった城ケ崎ダイビングスクールのダイバーだ。そういえば、近くにあるのは私達も載せてもらったことのあるモーターボート。
「ほほぉ。いつの間にそんな仲に」男なんて歯牙にも掛けないクールビューティーだと思ってたけど。
「そーゆーことかぁ。うふふふ」美香が額を窓に押し付けたまま、悪戯っぽく微笑む。
そのうちマリーナの二人は仲よくモーターボートに乗った。すぐに防波堤に沿って進み、沖合を目指す。海風に吹かれながら気持ちよさそうに去って行く。まあ、よろしくやっててください。と、遠くに目を転じると妙なものが目に映った。
「あ、あの船は?」
現代の船ではないのは明らかだ。三本マストの、ずんぐりした洋式帆船。何故かどこかで見たことある…そうだ!市役所のロビーにある船の模型。サン・ブエナ・ベンツーラ号!ウィリアム・アダムスこと三浦按針が、江戸時代の初めに伊東の松川河口で建造した船。でも、四百年も前の船が何故ここに?
「美香!百合さんの所へ行くよ!」椅子を蹴って立ち上がると、
「鯖バーガーまだ全部食べてないのにぃ」と情けない美香の声。
鯖バーガーより百合さんの心配をしなさい。
階段をどどどどっ、と駆け下りた。土産物を物色する観光客達の驚く目など構わず海側の扉をどんっ、と開ける。左側、伊東マリンロードの入口へ。
堤防に設けられたマリンロードを駆け出すと、百合さんの乗ったモーターボートが慌てて戻ってくるところだった。向こうもこちらに気づいたのだろう、堤防にモーターボートを寄せて二人上がって来た。
「あ、あなたたち…」二人でいるところを見られて海野さんも百合さんも戸惑っている様子。こんな時に恥ずかしがらなくてもいいです。
「えーと、お似合いなのはともかくとしてですね」
妙な挨拶をしているうちに、どどどどどおん、とサンブエナベンツーラ号が堤防に体当たりしてきた。舳先で不気味に微笑む白人は…三浦按針?そんな馬鹿な。ぼろぼろとコンクリートが崩れ始める。木造船なのにコンクリートを崩すなんて?
「早く逃げよぉぉぉっ!」泣き出しそうな美香。
「大賛成!」マリンロードの入口を抜け、一気に四人、駐車場へと駆け上がった…と思ったら海野さんは?あれ、モーターボートのところでエンジンをかけている。
「海野さん!何してるの!」と叫ぶ百合さんに
「まあ、見ててくれ」と不敵な笑い。ボートに何かぶちまけた…あれってガソリン?
がりごりがりっ、と音を立てて堤防を真っ二つにしたサンブエナベンツーラ号はそのままサンライズマリーナへ突き進む。
ぶおおおお、と海野さんを乗せたモーターボートがサンブエナベンツーラ号へ向かっていく!
「あぶないぃぃ」マリーナでは数十隻ものボートがひっくり返り、ばき、べき、ごりっと破壊されている。
マリーナ
「うわぁっ」「きゃぁっ」マリンタウンの中に居た人達も海を見て驚いたのか、一斉に飛び出してきた。
多数のボートをおもちゃのように蹴散らしたサンブエナベンツーラ号、マリンタウンのバザール棟へと突っ込んだ。あと十分あの中に居たら私も危なかった…べきべきべきっと壁が壊れ、二階建ての可愛い建物が無残に破壊されていく。
巨船の後部へ追いついた海野さん、モーターボートからダイブ!一瞬遅れて炎が、ぼおおおおっと燃え上がる!
「きゃあああああ!」百合さんの口から聞いたことも無い悲鳴があがった。あの冷静な百合さんがぼろぼろ涙をこぼし、見たこともないような泣き顔に。
とその足元の海面から、ざばあっ、と少し火傷をした男の顔が上がった。
「ふふ、付き合い始めたばかりで死ねないよ」
…以後の甘い二人は私は描写したくないっす。
バザール棟に乗り上げたまま、船体後部からぱちぱちときな臭い煙をあげているサンブエナベンツーラ号。不意に、不自然に後ろにのけぞると海底に沈んでいった。普通の船の動きじゃない…というよりマリーナはそんなに深くないはず。
沈みきる瞬間、「ふふふ、よくもやってくれたな。また来るぞ」と不気味な声が響いた。

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