誰にも頼まれていないのに伊東市の観光地を紹介する謎の小説
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日蓮伊豆法難 第九章 毘沙門堂
「弥三郎、世話になったのう。はやひと月か」
「い、いいえ、滅相もねえこんで」弥三郎は鼻をすすり上げた。
「何も泣くことは無かろうに。川奈から玖須美では一里にもならぬ。いつでも訪ねることは出来ようが」
「だ、だども、地頭様がお許しくださったっちゅうことは、鎌倉様もそのうちお許しになって…」
「ふふ、それはあるまい。この件は、飽くまで伊東朝高殿のご好意に過ぎぬ。わしはあと何年か伊東におるだろうよ」
「そ、そりゃ良かっ…い、いえ、流罪のお許しが出るのを心より祈っちょります」
へどもどして言い直す弥三郎に日蓮は、はっはっはっと笑いかけると、朝高の用意の馬に荷を乗せ玖須美館へと向かった。弥三郎がお供をする。
程もなく着いた玖須美館、一礼して帰ろうとする弥三郎を門番が引き留めた。
「殿が、日蓮様のお弟子はどなたでも毘沙門堂へお通しして手厚くもてなせと仰られておりますゆえ」
「え、ええんですかい」
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首を捻りながら日蓮の後を追い毘沙門堂へと歩いてゆく弥三郎。
「おらなんぞを、何で館に入れてくれたずら。あの意地の悪い地頭様がよ」
「おい、意地の悪い地頭様なら、お主の後ろにいるぞ」と朝高の声。朝高の背後には正清が相変わらず謹厳な様子で控えている。
「ひいっ」と飛び下がってぺこぺこする弥三郎。
朝高が腕組みをしてにやにやしながら
「よいよい、今は互いに日蓮様の弟子じゃ。皆、共に教えを乞おうではないか」
「へ、へえ」
荷物とて左程ないが、手ずから楽しそうに朝高や正清が日蓮の引っ越しを手伝うのを、弥三郎は目を丸くして見た。弥三郎と一緒に拭き掃除までする朝高に、弥三郎はろくろく話も出来ない。
やがて引っ越し作業を終え、よい汗をかいた、とにこやかに去っていく朝高や正清を眺めながら、
「人は、変わるもんじゃなあ」と弥三郎が呟くと
「まだまだ、この国の人間を全て変えるつもりじゃ」と日蓮が笑顔で豪語した。

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日蓮伊豆法難 第八章 立像釈尊
「ほほお、これは見事な」
「ほんのささやかなお礼でございます」
すっかり病の癒えた伊東朝高が、金色に輝く立像釈尊を日蓮に差し出した。
今を去ること数十年前、伊東の松原海岸が三日三晩光り輝き、魚が逃げてしまう怪異があった。あまりの不思議に伴左衛門という漁師が思い切って船を出し、恐る恐る網を投げ入れてみた。するとしばらくして、金色に輝く釈迦仏が網にかかってきた。伴左衛門は自分が所有するのは恐れ多いと、これを地頭である伊東家に預けたのである。
「日蓮様には下手に金品など差し上げるより仏像を差し上げた方がよい、と正清が申しておりましたが、その通りでございましたな」
病に伏せっていたとは思えぬ元気な様子で朝高が微笑むと、日蓮も微笑み返した。
「ところで、日蓮様のお住まいのことでございますが、岩屋では何かとご不自由でございましょう」
「いや、さほどには。鎌倉でも粗末な庵に住んでおったゆえ」
「いえ、実は当家には毘沙門堂がございます。手ごろなお住まいとして、ぜひ日蓮様にお住みいただけたらと…いかがでございます」
朝高の目の奥に、悪意は全くないが、地頭のずるがしこさが見て取れた。
「ははあ」日蓮がにやりとする。すでに日蓮は玖須美館の構造はおおむね知っている。毘沙門堂は鬼門に当たるのだ。別に、朝高の日蓮への感謝は偽りではない。日蓮に気持ちよく過ごしてもらおうという気持ちももちろんある。だが、おためごかしに日蓮を鬼門封じに使おうとは、いかにも地頭らしく小ずるく頭を働かせたものである。
日蓮はその点には気づかぬふりをして
「そうですな、住まわせていただきましょうか。ただ、いささか書き物をしたいと存ずるが、ちと紙が不足ゆえ用意していただけますかな」
この時代、紙はまだまだ高価なものであった。
「ええ、紙や墨くらいでしたらいくらでも」もう鬼門から病が来ないのであれば、そのくらいは安いものだと計算する朝高。
「有難く存ずる。なお、わしが経など入用な時は出来る限りご手配いただきたいが、よろしいかな」
この辺りは日蓮もなかなか計算高い。
「ええ…心得ました」
朝高も、そう答えざるを得ない。さて、どちらが得をしたか。

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日蓮伊豆法難 第七章 祈祷
歩いて行くからと嫌がる日蓮を、正清と御付の小者が無理に馬に乗せ、正清が自ら手綱を取った。
「日蓮様?どうしただ」漁の帰りにたまたま通りかかった弥三郎が驚いて問いかけた。
「いや面目ない。とうとう説得されてしもうての」天に何ら恥じるものはないと思っていた日蓮、特に罪は犯さずともたわいないことで恥じることもあるものじゃな、と思った。正清は糞まじめに胸を張り馬子の役をつとめているが、御付の者は背後で笑いをかみ殺している。
玖須美館に着くや、すぐに伊東朝高の枕頭へ呼ばれた。朝高が潤んだ目で、分かっているのかいないのか、日蓮をじっと見つめる。その顔を覗き込んだ日蓮、病状を説明しようとする正清を遮り
「お主は命を懸けて朝高殿を法華経に帰依させると申したの。わしも命を懸けて祈祷を致すつもりじゃ」と後は何も言わず朝高へ向き直り法華経を唱え出した。
命を懸けるという日蓮の言葉は嘘では無かった。経を唱えるゆえ水くらいは飲むが食事もとらず、時々うとうととはするようだが横にもならずに祈り続けた。
一日目、あれほどの唸り声が静かになってきた。
二日目、あれほどの熱がようよう引いてきた。
三日目、朝高がようやく目を開け口を開いた。
「日蓮どのか…感謝いたす」日蓮をしっかり見つめ、小さいが確かな声音で朝高が呟いた。
その場にいた正清は感涙にむせびながら、はて殿は今まで眠っていたはず、誰か日蓮の名を殿に教えたろうか、と不思議に思った。
「もう大丈夫じゃ、横にならせてくれい」おどけるように怒鳴り立ち上がった日蓮、寝不足でさすがによろめき、正清が慌てて支えた。
大喜びで家人達が別室に寝具を整えると、日蓮はすぐに横になり高いびきをかき始めた。
日蓮様のいびきは殿の唸り声に勝るとも劣らぬぞえ、と口の悪い下働きの女中の申すことに、久しぶりに屋敷中が明るい声で笑いあった。

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日蓮伊豆法難 第六章 日参
「まさか日蓮本人が殿を呪詛しておるということは御座いますまいな」
「いや、それは無かろう。日蓮は毎日、百姓や漁師の元へ出かけ手伝いなどをし、布教はそのついでくらいじゃそうじゃ。およそ流人らしからぬ流人じゃな。呪詛するとすれば夜じゃが、殿は昼も夜も絶え間なく苦しんでおる故、ちとおかしい。それに実際会うてみて、日蓮がわしのことや殿のことを憎んでいる様子は全く見えん。不思議な坊主じゃ」
「それで、これからどうなさるお積りで」
「うむ…」と口ごもったが「とりあえず出かけてくる」と相変わらず糞まじめな顔の綾部正清。実は少し目算があった。
日課のごとく馬に乗り川奈へ向かう正清を、村人達ももう見慣れて噂もしなくなった。日課のごとく岩屋をくぐる正清を、日蓮ももう見慣れて苦笑いをした。
「さぞ、懲りぬお人じゃとお思いでしょうな」と正清の方も珍しく笑顔を見せた。
「いや…主人を思うお心は見上げたものだと思うておりますが」
「本日は、拙者も腹を決めて参りました」と正清は居住まいを正すと「拙者を、どうか日蓮殿の門弟にしてくだされ」といきなり土下座した。
深々と頭を下げる正清を見て、日蓮のもともと大きい目が更に大きくなった。
「いや…ご家老の見上げたお覚悟は認めます。ただ、病平癒の祈祷についてはむしろご病人本人の宗派を何とかせねば」
「殿はご病気で話もままならぬ状態にて」
「うむ、それはそうじゃが」
「殿の御病気が治った暁には、拙者が命を懸けて殿を説得し法華経に帰依させる所存。それでいかがか?」
ひたむきな眼差しで、じっと日蓮を見上げる正清。その目には一点の曇りすらない。
ううむっ、と滅多なことでは他人に気を呑まれるようなことは無い日蓮が、大きくたじろいだ。
「わしは…念仏衆などと見下す気持ちがどこかにあったかも知れぬ。宗派の争いにかまけて、人の命を軽んずる気持がどこかにあったかも知れぬ。愚かな坊主と笑ってくれい。正清殿の見事なお心映え、感服いたした。わしの負けじゃ。喜んで病平癒の祈祷を致しましょう」
破顔する日蓮を、正清が泣き笑いで見上げた。

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日蓮伊豆法難 第五章 綾部正清
特に取り立てて豪華な服装でもないが、それでも清らかに折り目正しい綾部正清の風体は、川奈では結構目立った。貧しい身なりの村人達が物陰でひそひそ噂するのには目もくれず、晴れた空にも鳴く鳥にも笑い一つ浮かべず、黙々と馬を進めて行く。やがて、地頭の家老が入るにはあまりに侘しい岩屋に着き、馬を下りた。
「申し、おられるかな」中へ声をかける。
「おるとも、おるとも」と流人にしてはやたらと元気な声が返ってきた。
ちょっと出鼻を挫かれた気はしたが、それでも真面目な顔を作って岩屋の奥へ進んだ。奥というほどのこともない狭い内部に、でかい目玉をした坊主がにこにこして座っている。
「お主もわしの教えを受けたいのかな?」と屈託のない満面の笑みが迎えた。
「いや…」と口ごもる正清。正直、苦手な型の人間だと思った。
「実は、拙者、伊東の地頭伊東朝高が家老、綾部正清と申すもの」
「ははあ、それでわしを捕らえようと。構わんよ。お供しよう」と全く笑顔を崩さずに立ち上がろうとする様子。
「いや、待たれよ」と慌てて手を上げ押し止める正清。流人の坊主など一喝してやろうくらいの気持ちで来たのだが、全く勝手が違う。
「流罪の件はいずれ、折を見て話すといたそう。本日参ったのは、わが殿伊東朝高様の病の件でござる」
「ふむ、噂は聞いておる」
「率直に申し上げる。病平癒の祈祷をお願いしたい。隠しても始まらぬので申すが、朝高様は念仏衆である。日蓮殿、そこを曲げて祈祷をお願いしたい」と正清が滅多に下げたことのない頭を下げた。
さすがに日蓮も笑いを引っ込める。「いや、わしのような糞坊主に頭を下げるとは見上げた家老様じゃ…じゃが、一応、筋は通したい。朝高殿が法華経に帰依するのであれば考えよう」
ううむっ、と正清が頭を下げたまま顔を赤くする。ここで怒ってはならぬ、と息を整えてから頭を上げた。
「拙者も今日一日で御坊を説得できるとは思ってはおらなんだ。また日を改めて」
ふうっ、と深呼吸して気を落ち着けてから、きちんと日蓮にお辞儀をして岩屋を立ち去る正清であった。宗派のことはともかく、それなりに立派な人物であるのは日蓮も認めた。

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